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世界一笑えるブログ

広島出身。早稲田大学在学。世界一のブロガー、起業、マンガ家めざしてます。このブログのことを「世界一ブログ」と名付け、毎日笑えるブログを書いていきます。

中学三年生の時、初恋を先生に邪魔された話①

笑える話

学校の先生に恋路を邪魔されたことはありますか?
僕は中学校の先生に片思い?両想い?を邪魔されました。
そして、それから彼女にアプローチすることを禁じられました。
今回はそんな青春の甘酸っぱく切ないお話をします。

※あくまで自身の実体験に基づくお話です

 

遡ること、4年と8ヶ月前

僕が中学三年生の時の出来事。

記憶力の乏しい僕ですが、はっきりと覚えています。あの時の情景は今でもはっきりと脳内にイメージできます。

田舎の中学校

僕が通う中学校は広島県の小さな田舎にありました。

想像してもらうとしたら、辺り一面の田んぼや畑、たぬきに鹿や熊、人通りの無い道路、最寄り駅まで徒歩2時間半(もはや最寄ってない)、友達の家まで自転車で40分、コンビニは無く、もちろんスーパーも無い、そこで生活するなら車は絶対条件みたいなところでした。

 

その町の人口はおよそ3,000人。

年々、お年寄りの数は増加する一方で、子供の数は減少しています。

そのため保育所、小学校、中学校は1学年1クラス。

保育所数年間+小学校6年間+中学校3年間で計10年以上、全く顔ぶれの変わらないクラスの中、幼馴染が40人もいるような環境でした。

当然、四月にある恒例行事、みなが心踊らす『クラス替え』なんて経験したことがありませんでした。

一度でいいから味わいたかった、クラス替えのドキドキ感。

彼女いない歴=年齢

恥ずかしながら現在も彼女いない歴=年齢なのですが、当時中学三年生だった僕は彼女がいない現状にとてつもなく焦っていました。

風の噂で聞く回りの同級生達は、やれ彼女ができただとか、やれ彼女と一緒に帰っていたのを目撃しただとか、やれ手をつないだだとか、やれキスしただとか・・・

(風の噂と書いたが興味津々に自分から聞きに行った可能性アリ)

 

小学生の時はモテていた。特に小学四年生。

顔も悪くないし(少年っぽい顔だった)、やんちゃっ子でいわゆる小学生のモテ条件『足が速い』を兼ね揃えていたからだ。

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↑ 幼少時代のやまもとしょうや。ウケをねらう時「このまま行くと生田斗真コースだから!」は自身にとって定番の決まり文句。

 

それが小学校6年生でメガネをかけ始めた頃から、ばったりと僕のモテ期は止んだ。

絶対にメガネのせい。僕はそう思っている。

 

そして、中学1年生で坊主にした。

なぜなら、部活のレギュラーになるには坊主にして青春を部活に捧げるという意志を顧問に示さなければいけないからだ。

やむなく、僕のモテ期は完全に終了した。

「やまもと君、髪が長い方が絶対に良かった~」

などという声もちらほらと聞こえてきたが、そんなことはどうでもよかった。

僕は部活に集中していたからだ。

女の子に気に入られるよりも、顧問に気に入られたかった。

僕にとって部活は全てだった。

 メガネを止めてコンタクトに

しかし、中学二年生の時、今までのメガネを止めてコンタクトをつけ始めた。

理由は「モテたかった」ではなく、部活でメガネにボールが当たってケガをすることやメガネのフレームで視野が狭くなるなど、不便が多かったからだ。

 

初めて学校の友達や先生にメガネを外した姿を見せた。

割と好評だった。

するとどうだろう、自分に自信が持て、女の子とも気さくに話せる。

人生二度目のモテ期到来。

 

しかし、僕は硬派を貫いた。硬派を貫くと言うとカッコよく聞こえるが、正直好きな子がいなかったし、付き合って何をするのか全く分からなかった。それに、特定の女の子とだけ一緒にいる姿を見られるのはなんだか恥ずかしい。

 

また部活でもチーム一丸となって、次の大会に向けて燃えていた。

 

そんな訳で僕は『恋愛』とは全く縁が無かった。

(なんとなく手をつなぎたいとかキスしたいとかは思っていたけど。。。)

 

しかし、僕は彼女ができなくても、回りの環境は変わっていく。

「〇〇君と△△さんが付き合ってるらしいよ~」

とか

「俺、先輩と付き合ってんだよね~。ハグもした。てへへ。」

等々・・・

 

そして、僕の中にも焦燥感なるものが着々と芽生えているのを感じていました

ヤバい。ヤバい。

 

彼女が欲しい。

 

つづく